雪崩事故後に思うこと

先週立山で大きな雪崩事故がありましたね。その際7人もの方が亡くなってしまい、山の人々や山の滑り手だけでなく多くの方にもニュースとして伝わりました。
自分はたまたま修理上がりのBlackBerryでのtwitter閲覧が楽しくて、いや本当は立山で滑ってる人達の喜びツイートが見たくてよくよくチェックしていたので事故を割と早いタイミングで知りました。インターネットの力って凄いですね。
でもそれだけに雑音も多く拾い色々な気持ちになりました。いや、それは今回の雪崩事故に限っての話でなく以前からも同じでした。それは心ない発言たちなのです。

多くの内容は「どうしてこんな危険なタイミングであそこに」といった類のどこかちょっと事故にあってしまった方々を攻めるような、そして自分を正当化するようなものでした。心のどこかで同じような気持ちを持つのは仕方ありません。ですがわざわざ大きな声で発言するのはどうかと思うのです。
そういった発言を聞く(見る)たびに思います「あなたは事故にあってしまった方々の生き方や山への取り組みを知っているのですか?」と。実際事故にあってしまったということはどこかに見落とし等あったのでしょうけど、それにしても知らない方に向かっての言いようがあるってもんです。

また「知っている人が巻き込まれなくて(事故にあわなくて)良かった」という類の発言も寂しく感じます。冬山に入るすべての方にとって他人ごとではない話のはずです。場所やタイミングは違えど同じく雪の降り積もった冬山に向かうのですから。
(この話はtwitterをはじめとするインターネット上だけのことではありません)

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以前は自分も事故があると知ったかぶりの調子で自分を正当化するようなことを仲間に話したりした時期もありました。ですが冬山に入る時間が長くなって多くのことを感じ考えるようになってからその頃の自分を猛反省しました。

誰にも青い時期というのはあるものです。過去の自分を正当化するわけではありませんが、こういった反応はお山歴3年程までとしていただきたいという勝手なメッセージです。

事故から学ばせていただくということが今一番大切なことではないでしょうか。
自分なりの見解をもってみて、プロの話を聞いて照らし合わせてみたりしながら自分達を守る術を身につけることを大切にしてみませんか。